道祖神など

石塔類【尾崎】【洞】【中村】
①帝釈院の前に立っている石塔。
左端は道祖神、手に笏(しゃく)を持っている。
中央の2基は題目塔、右端は地蔵

石に刻まれた、西沢田の祈りのかたち
道祖神、地蔵塔、甲子塔、庚申塔、題目塔、馬頭観音、子安地蔵尊、水子地蔵 など

西沢田内の道沿いや神社境内などには、道祖神(どうそじん)や甲子塔(きのえねとう)、庚申塔(こうしとう)、題目塔(だいもくとう)、馬頭観音(ばとうかんのん)などの石塔(せきとう)類が至るところに建てられています。

道祖神など 周辺地図

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ギャラリー

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②満正寺入口の石塔など
(左)満正寺の境内に水子地蔵が立っている。
(中央)入口左に「子育水子地蔵大菩薩安置」の碑
(右)口右に題目塔。「南無妙法蓮華経法界 享保三年戊二月十五日」と刻銘。
③深沢氏宅前の橋の袂に石塔二基が立っている。
左は甲子塔で「甲子塔 寛政六甲寅歳」と刻銘。
右は馬頭観音で「天保十年□□□」と刻銘。
④公会堂の北側の道路沿いに西向きに立っている。
左端は馬頭観音で、頭の上には長い耳の馬の頭が。左から二つ目と三つ目の道祖神には、それぞれ「嘉永五□子年」「中村 山崎 中□」、「道祖神 西沢田 □□□□」と刻銘。右端は題目塔で、「南無妙法蓮華経法界萬霊」と刻銘。満正寺の入口の目印として建立されたものと考えられている。
⑤伊勢神明神社の南の根方街道沿いの一段、高い所に立っている道祖神。
手にしゃく笏を持っている。
⑥伊勢神明神社境内に南向きに立っている石塔(写真は北側から撮影)。
左の庚申塔には、「延享元年甲子七月吉祥日 講中」と刻銘。
左から二つ目の庚申塔には、「庚申塔 安永五年丙甲二月□日」と刻銘。
右から二つ目は甲子塔で「延享元年五月吉祥日 西沢田邑講中」と刻銘。
右端は子安地蔵尊と思われる。
⑦永正寺の前の地蔵塔と六地蔵。
赤い帽子とよだれ掛けを着ている。
写真左の地蔵塔の台座に「念佛講中 寛延三年 庚午十一月」と刻銘。
六地蔵については、「六地蔵は、“六道”と呼ばれる六つの世界(地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天上)のすべての悩み苦しむ人々を救って下さる菩薩であると信じられていた」との記載あり。
道祖神(どうそじん)とは

村の中心や村の境目、道の辻、三叉路などに石碑や石造の形で祭られる神で、村から出ていく人の安全を願うほか、悪疫の侵入を防ぎ、村人を守る神として、また五穀豊穣、子孫繁栄、近世では旅や交通安全の神としても信仰されている。

甲子塔、庚申塔、題目塔とは

◯甲子塔(きのえねとう、かっしとう)は、十二支の「子」の日と、十干の「甲」の日を組み合わせた「甲子」の日を記念して建立された石の塔で、大黒天を祀る甲子講の行事の一環として建立された。
◯庚申塔(こうしんとう)は、中国から伝来した道教に由来した庚申信仰に基づいて建てられた石塔で、60年に一度の庚申の年に建立される。道祖神のように村や辻の守り神の役割を果たしていた。
◯題目塔(だいもくとう)は、南無妙法蓮華経と刻まれた供養塔で、主に亡くなった人の魂を鎮めることを目的として建てられた。

庚申信仰とは

人間の体の中には「三尸(さんし)」という虫が住んでおり、庚申の日の晩になると、人間が眠っている間に三尸が体内から抜け出して天に上り、天帝にその人の悪口を告げ口すると言われていた。
 そこで、三尸に告げ口されないために、庚申の日の晩は眠らずに夜を過ごすという考え方が広まったという。
 洞町内では、年6回、庚申講が継続されてきました。