根方街道

その他

時代とともに姿を変えた、愛鷹山麓の古道 根方街道

「根方街道」は、富士市、沼津市、三島市を結ぶ県道22号富士三島線の通称です。
古代においては、根方街道は吉原から浮島沼の北側を愛鷹山のふもと麓に沿って通った道(根方路)で、さらに沼津から先は、長泉町本宿あたりから北に曲がり、御殿場を経て足柄峠を越える東海道のルートの一部でした。
後に浮島沼の南部を通り、海岸沿いに原から千本松原を経て三枚橋、黄瀬川に達する「浦方路」が開け、平安時代以前には浦方路から足柄峠を通る道が一般的な東海道であったとされています。さらに江戸時代に街道として整備されたことから、根方街道は”裏道”となって明治時代を迎えました。
根方街道は、幅員が狭く、坂も多く曲がりくねっていたことから、米や麦・茶・せいけん生繭などの農産品の輸送路として、道路改良への要望が高まり、明治26年に吉原、沼津両町をはじめとする沿線各村長による「根方街道改良工事発会」(今でいう「期成同盟会」)が設立され、県に対する陳情が重ねられました。
その結果、明治30年、吉原側から工事が始まり、ようやく明治41年になって金岡村での工事が開始され、大正元年に現在の根方街道が竣工しました。この根方街道は、「新道」と呼ばれました。
大正5年と明治32年の地図を比較すると、曲がりくねっていた道が是正(バイパス化)されていることが分かります。
さらに古い時代は、集落の神社と神社を繋ぐ道が根方街道だったという話や尾崎の馬頭観音のあるY字路を通っていた、現在の根方街道よりずっと北側を通っていた、と言った話も聞かれます。

ギャラリー

画像クリックでスライド表示します。