通称「子安さん」 安産祈願の“神社”
「子安神社」と呼ばれていますが、本来の呼称は「子安堂」。
安産と子どもの健やかな成長を願う子安講が主体となって建てられました。
旧子安堂は、現在のお堂よりこぢんまりしたもので、明治~大正の頃に、現在の場所にあったと推察されます。
昭和35年頃までは子どもが授かると地蔵像の前に赤飯を供える風習が見られました。
地蔵尊(石碑)は、もともと現在の子安堂の南側にあった貯水池の前にありましたが、昭和35年頃の根方街道の拡幅工事の際、伊勢神明神社境内の南東側へと移され、現在に至っています。
現子安堂は、昭和44~45年頃に新築され、その奥には「子安之尊」と書かれた石碑が祀られています。
子安堂よもやま話
現子安堂は、尾崎の久土つねさん、佐藤愛子さん、深澤キヨ子さんが中心となって寄付を募り、総代や役員の承諾を得て、建てられたものです。
現在、子安堂の鍵の管理は尾崎町内番が行っています。
昔は、若いお嫁さんたちの不満のはけ口、ストレス発散の場にもなっていたそう。
子安堂 周辺地図
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ギャラリー
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